東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1052号 判決 1955年12月21日
控訴人 被告 鬼塚昌停 外三名
訴訟代理人 山崎保一 外一名
被控訴人 原告 小栗誉次 外二名
訴訟代理人 近藤三郎
主文
本件控訴を棄却する。
原判決主文第一ないし第四項を左のとおり変更する。
一 被控訴人小栗誉次と控訴人鬼塚昌停との間において、同被控訴人が東京都中央区日本橋箱崎町二丁目三十番地二宅地六十一坪九合三勺(同地番北西角より八米道路沿い間口七間五分奥行左辺六間八分四厘右辺九間八分八厘間口の対辺奥行左辺寄四間一分奥行右辺寄三間四分)について、賃貸人同控訴人賃借人同被控訴人賃料一ケ月金三十二円二十二銭毎月二十八日払期間昭和十九年九月一日より満二十年(但し、昭和二十年七月十二日より昭和二十一年九月十四日迄は算入しない)なる借地権を有することを確認する。
二 被控訴人小栗に対し、控訴人三興産業株式会社は前同所所在木造トタン葺二階建一棟建坪六十六坪五合二階八坪(家屋台帳上、家屋番号同町三十番の二、四、木造トタン葺平家建建坪五十八坪五合)のうち、前記土地六十一坪九合三勺の上にある五十五坪三合、二階八坪を収去して、右土地を明渡せ。
三 訴訟引受人箱崎木工株式会社は被控訴人小栗に対し、右建物の右部分より退去して右土地六十一坪九合三勺を明渡せ。
四 被控訴人岡本竹次郎と控訴人中央運輸倉庫株式会社破産管財人との間において、被控訴人が東京都中央区日本橋箱崎町二丁目二十七番地の五、宅地十八坪一合四勺(同地番北西角より八米道路沿い四間一分五厘の地点から間口三間六分八厘奥行四間九分三厘)について、賃貸人同破産会社賃借人同被控訴人賃料一ケ月金九円七十二銭毎月二十八日払期間昭和十九年九月一日より満二十年(但し昭和二十年七月十二日より昭和二十一年九月十四日迄は算入しない)なる借地権を有することを確認する。
五 控訴人中央運輸倉庫株式会社破産管財人は被控訴人岡本に対し、前記土地十八坪一合四勺の上にある塀及びさしかけ五坪を収去して右土地を明渡せ。
控訴費用は控訴人等及び訴訟引受人の負担とする。
この判決は確認の部分を除き仮りに執行することができる。
事実
控訴人等及び訴訟引受人は「原判決中被控訴人小栗誉次敗訴の部分を除き、その余を取り消す。被控訴人等の本訴請求(当審において請求趣旨を訂正したとおりの)を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、被控訴人等代理人において「(一)従前主張した本件係争宅地建物の所在地番及び建物の表示を主文記載のとおりに訂正する。(二)訴訟引受人箱崎木工株式会社(昭和二十七年七月二十九日設立)は引受前控訴人日本生活文化株式会社が昭和二十七年九月十日解散した跡を襲つて、主文二掲記の建物のうち同掲記の部分を使用して、その敷地六十一坪九合三勺を不法に占有するに至つた。(三)受継前控訴人中央運輸株式会社は、昭和二十六年六月十九日その商号を中央運輸倉庫株式会社と変更し、昭和二十九年五月十七日破産の宣告を受けた。(四)同会社は主文四の地上に塀を廻らし、さしかけ五坪を設置して土地を不法に占有している。そこで当審においては塀の外に右さしかけの撤去を求め、敷地明渡を訴求する。(五)今次戦争による罹災前、被控訴人小栗はその借地上に同被控訴人及び妻ユリ共同名義の建物三棟を所有し、また被控訴人岡本借地上には、家屋台帳上、同居の兄一木平八郎名義に登載された建物一棟が存したが、これは名義だけのことで、実際には、同被控訴人の所有に属したものである。しかして以上各建物については被控訴人等はいずれも登記手続を経ていない。」と述べ、控訴人鬼塚、同三興産業株式会社及び訴訟引受人箱崎木工株式会社において「(一)控訴人鬼塚が所有し、控訴人三興産業株式会社及び訴訟引受人の占有する係争土地の地番が分筆登記の結果被控訴人小栗主張のとおりに変更され、また同控訴会社の所有し、訴訟引受人の占有にかかる建物の表示及び本件宅地上に存立する部分の坪数が同被控訴人主張のとおりであることは認める。(二)同被控訴人主張(二)の事実も占有が不法であることを除き、争わない。(三)仮りに被控訴人が本件土地につき罹災前より有する借地権を以て控訴人鬼塚に対抗しうるとしても、借地権は元来債権であつて、物権的効力を有せず、しかも本件の如く現実の占有を伴わない場合には、これに基き直接第三者に対し、妨害排除の請求をなしうるものではない。」と述べ、控訴人中央運輪倉庫株式会社破産管財人において「(一)同会社の商号変更並に破産に関する被控訴人主張事実は認める。(二)被控訴人岡本主張の本件土地が分筆の結果その主張の如く地番を変更したこと及び該土地が元訴外久世広武の所有にかかり、これが同人より控訴人鬼塚を経て順次破産会社に譲渡せられ、各所有権移転登記を経由したこと、同破産会社が右地上に現に塀及びさしかけ五坪を所有して本件土地を占有することは、いずれも認めるが、本件土地につき同被控訴人が借地権を有することは否認する。その余の被控訴人主張事実は不知。(三)被控訴人岡本の主張によれば、本件地上には戦災当時まで訴外一木平八郎所有名義の建物はあつたが、同被控訴人自身の名義に登記された建物は存在していなかつたのであるから同被控訴人としては建物保護法の規定によるも、土地の権利取得者に対しその借地権を対抗し得なかつたこと明かである。然るに罹災都市借地借家臨時処理法第十条は、建物保護法による借地権の保護要件を具備していたものについてのみ適用されるのであるから、同被控訴人の借地権はこれを以て破産会社に対抗することはできない。」と述べた外、原判決事実摘示と同一につき、これを引用する。
証拠として、被控訴人等代理人は甲第一号証第二号証第三号証の一、二、三、第四、五号証の各一、二、第六ないし第十四号証第十五号証の一、二を提出し、原審における証人浅田久三郎の証言被控訴人両名各本人尋問の結果、当審における証人一木平八郎(第一、二回)、佐藤正一の各証言、被控訴人小栗誉次本人尋問の結果及び検証の結果を援用し、乙号各証の成立は不知と答え、控訴人等及び訴訟引受人は乙第一ないし第三号証を提出し(但し控訴人破産管財人は他の控訴人の提出にかかる右乙号証を援用)、原審の証人渋沢正一、甲斐実義の各証言控訴本人鬼塚昌停の尋問の結果並に当審検証の結果を援用し、甲第六号証は不知その余の甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
第一被控訴人小栗誉次の請求について。
(一)成立の争のない甲第一号証、当裁判所の真正に成立したと認める同第六号証、原審証人浅田久三郎の証言及び原審並に当審における被控訴本人小栗誉次尋問の結果によれば、東京都中央区日本橋箱崎町二丁目三十番地宅地二百二十九坪六合一勺は元訴外久世広武の所有に属し、被控訴人小栗は大正十三年九月一日久世より右宅地のうちその主張の六十一坪九合三勺の区域(この部分の地番が後に同番の二と変更されたことは、当事者間に争がない)を賃料一ケ月金三十二円二十二銭毎月二十八日払期間満二十年と定めて賃借したところ、右賃貸借は期間満了により昭和十九年九月更に同一条件を以て更新されたこと、被控訴人小栗はその妻ユリと共有にて右地上に木造瓦葺二階建の建物三棟を所有していたが、昭和二十年三月十日これが戦災に罹り焼失したこと等の事実を認めうべく、控訴人鬼塚が昭和二十三年四月二十八日久世より右土地を買受け、所有権取得登記をしたことは、同控訴人並に控訴人三興産業株式会社、訴訟引受人箱崎木工株式会社の敢えて争わないところである。然らば、被控訴人小栗の有する本件土地の賃借権は、戦時罹災土地物件令第三条第一項附則第三項の規定により昭和二十年七月十二日よりその存続期間の進行を停止し、罹災都市借地借家臨時処理法の施行に伴い昭和二十一年九月十五日より再び進行を始めたものというべく、且つ同法第十条の規定により、同被控訴人は右借地権を以て昭和二十一年七月一日より五ケ年以内に本件土地の所有権を取得した控訴人鬼塚にこれを対抗しうること明かである(被控訴人小栗が本件地上に有した罹災建物については、保存登記を経由してなかつたことは、その自陳するところであるが、後記第二の(二)に説示する理由により土地賃貸借の登記なく且つ建物の保存登記なき場合と雖も、右処理法第十条の適用あるものと解すべきである。)。控訴人等は、仮りに被控訴人小栗が本件土地につき借地権を有していたとしても、控訴人鬼塚において、本件土地買受前たる昭和二十年十二月頃当時の所有者久世広武より本件土地を含む二千二百坪を建物所有の目的で賃借していたのであるから、かかる地位にある控訴人鬼塚に対しては旧借地人の借地権はこれを対抗し得ない旨主張するけれども、右抗弁を採用し難いことについては、原判決理由に説明するとおりである。よつてこれを引用する。左すれば、控訴人鬼塚はその所有権取得と共に被控訴人小栗と前所有者久世広武との間における本件土地の賃貸借関係を承継したものというべきに拘らず、現に同被控訴人の借地権を否認しているのであるから、控訴人鬼塚に対し主文掲記の内容の借地権を有することの本訴確認請求はこれを正当として認容すべきである。
(二)控訴人三興産業株式会社が、被控訴人小栗の借地とその隣地に跨り木造トタン葺二階建一棟建坪六十六坪五合二階八坪(公簿上の表示は主文記載の如く平家建建坪五十八坪五合)の建物を所有し、また訴訟引受人箱崎木工株式会社は原審訴訟引受人日本生活文化株式会社の跡を襲つて右建物を使用占有し、よつていずれも右建物のうち五十五坪三合二階八坪の部分の敷地として被控訴人小栗の前記借地六十一坪九合三勺を占有していることは、各当事者間に争がない。しかして右控訴会社並に訴訟引受人が本件土地占有につき被控訴人小栗に対抗しうる正当な権限を有することは何等の立証もないのでその占有は同被控訴人の借地権を侵害する不法のものと認むべく、同被控訴人は右借地権に基き控訴会社に対し本件地上に存する前示建物部分を収去し、右訴訟引受人に対し該建物部分より退去し、それぞれその敷地たる本件宅地六十一坪九合三勺を明渡すべきことを求めうるものというべきである。ところで右控訴会社並に訴訟引受人は本件借地権は現実の土地占有を伴わない単なる債権にすぎないから、被控訴人がこれに基き第三者に対して直接にその妨害排除を求めうべき筋合ではないと主張する。しかし、罹災都市借地借家臨時処理法第十条によつて保護される罹災地借地権は賃貸借の登記及び地上建物の登記がなくとも、これを以て第三者に対抗しうべく、右借地上に建物を建ててこれを所有若しくは使用して土地を占有する第三者に対してはその建物の収去若しくは退去並に土地明渡を請求することができるわけであるから、前記主張は採用に値しない(最高裁判所昭和二十八年十二月十八日第二小法廷判決参照)。故に被控訴人の控訴会社並に訴訟引受人箱崎木工株式会社に対する本訴請求も亦正当とすべきである。
第二被控訴人岡本竹次郎の請求について。
当裁判所は控訴人中央運輸倉庫株式会社破産管財人に対する被控訴人の本訴請求を全部認容すべきものと判定した。しかしてその理由については左のとおり補充する外原判決理由中第二原告岡本の請求と題してこれにつき説示した部分を凡て引用する。
(一)訴訟手続受継前控訴人中央運輸株式会社は、昭和二十六年六月十九日その商号を中央運輸倉庫株式会社と変更し、昭和二十九年五月十七日破産宣告を受け、破産管財人に高橋潔が選任されたこと、右破産会社が主文四掲記の宅地十八坪一合四勺の上に塀及びさしかけ五坪を所有してその土地を占有すること、右土地は元久世広武の所有にかかり、これが被控訴人主張の各日時、控訴人鬼塚を経て順次破産会社に譲渡され各所有権取得登記を了し、その後分筆により被控訴人主張の如く地番を変更したこと等の点については、凡て控訴人破産管財人の認めるところである。
(二)控訴人破産管財人は、被控訴人岡本主張の本件借地については元来賃貸借の登記なく、且つ罹災当時同被控訴人名義に登記された建物も亦存しなかつた故、その借地権は本来対抗力を有せず、このような借地権については罹災都市借地借家臨時処理法第十条を適用すべき限りでないから、同被控訴人はその借地権を以て本件土地の買得者たる控訴人鬼塚及び破産会社に対抗することができなかつたものであると主張する。
思うに、右臨時処理法第十条は、罹災都市における当時の社会状態の混乱や極度の建築資材入手難等のために、従前の借地権者が急速に借地上に建物を築造してその登記を経由することにより、新に借地権の対抗要件を具備しようと欲しても、その実現が実際上困難であるところから、広く借地権者にして罹災当時借地上に建物を所有していた者に対しては、一定期間を限りたとえ借地権の登記又は建物の保存登記がなくとも、その借地権に対抗力を与え、以て借地権者の地位の安定を計ろうとする趣旨に出た保護規定であつて、その保護の必要ある点においては罹災建物につき当該借地権者のために保存登記がなされていた場合であると否とに拘りはなく、また同条の法文上においても特にこのような区別を設けてはいないのである。して見ればいやしくも借地上に建物を所有していた借地人の権利は同法条に基きその建物罹災後における土地の権利取得者に対抗しうるものと解するのが相当である。しかるところ、成立に争のない甲第一号証当審証人一木平八郎の証言(第一回)及び原審における被控訴本人岡本竹次郎の供述によれば、罹災前同被控訴人は自己の費用を以て本件地上に木造トタン葺平家建一棟建坪八坪の建物を建築し、一家の都合上建物台帳の上では同居の兄一木平八郎の名義として置いたが、これは単に名義だけのことであつて、その所有権は終始被控訴人に属し、戦災に罹るまで遂に保存登記をするに至らなかつたことを認めることができる。かくて被控訴人岡本は建物保存登記こそなけれ、本件借地上に罹災当時建物を所有していたのであるから、同人の有する借地権は罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定によつて(但し同法施行前においては戦時罹災土地物件令第六条に基き)、これを本件土地の取得者たる控訴人鬼塚並にその承継人たる破産会社に対抗しうるものというべきである。控訴人の前記主張は採用できない。
(三)然らば被控訴人岡本において、その借地権を争う控訴人破産管財人に対し、主文四掲記の内容の借地権を有することの確認を求めると共に本件地上に存する塀及びさしかけ五坪の撤去並に土地の明渡を求めうべきこと勿論である。
第三以上説明のとおり、被控訴人等の本訴請求は前示の範囲においては正当としてこれを認容すべく、原審が同一趣旨により右の範囲内で被控訴人等の請求を容れたのは相当であつて、本件控訴は理由がない。それ故控訴は棄却すべきであるが、被控訴人等は当審において本訴の目的たる宅地建物の地番坪数を訂正し、且つ撤去を求める物件を追加したので(さしかけ五坪)、原判決の主文第一ないし第四項はこれを変更する必要あるものとし、民事訴訟法第八十九条第九十五条第九十三条第百九十六条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 薄根正男 判事 奥野利一 判事 古原勇雄)